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  ゲームの終わり

2003/08



 子供たちには、無限の可能性がそなわっていると信じております。あらゆることに興味を抱き、昆虫にも、動物にも、夜空に輝く星々にも、疑問と好奇心を持ち続けて、たくさんのことを知り、たくさんの思い出を作り、豊かな心を育ててもらいたいと思います。夏休みにそんな時間の過ごし方が出来れば素晴らしいことです。

 ピーター・ビアードは、ケニアの丘陵からアフリカの劇的な変化を見続けてきた写真家です。私は彼の著書を読んで以来、ビアードに興味を持ち、関連する写真集や本を集めて読むようになりました。

 ビアードはニューヨーク生まれ、動物好きの少年でした。16才の彼が家族とイギリス旅行をした時に出会った一冊の本が後の人生に決定的な影響を与えたといいます。その本とは、後にアカデミー賞を受賞した名作「愛と哀しみの果て」の原作で、カレン・ブリクセンの著書「アウト・オブ・アフリカ(邦題・アフリカの日々)」でした。

 彼は、自分が生まれた年に出版されたこの本に夢中になりました。そして、進化論のダーウィン博士の孫であるケインズと共に17才ではじめてアフリカを訪れました。夏休みで抱いた興味を出発点に、彼は魅惑の大陸に旅立ったのです。さらに、持ち前の情熱で、晩年を故郷のデンマークで過ごしていたカレンを訪ね、憧れの彼女と会うことも叶えました。彼女から与えられた多くのメッセージは、彼にとって決定的なものとなり、その9ヶ月後に彼女は亡くなりました。
 「この土地はあまりにも美しく、その情景を心に思い浮かべるだけで一生のあいだずっと幸せでいられるほどだ」と彼女は書きました。その言葉通り、ビアードはこの上なく美しい大自然の中で、30年以上を過ごすことになりました。そして、そこに入り込んだ人間の姿、優雅な開拓者と野蛮な冒険家の物語、失われ壊されていく生命の絆と自然の調律が狂いはじめる様を見ることになるのでした。

 「ジ・エンド・オブ・ザ・ゲーム」という彼の写真集は、少年が辿り着いたひとつの答えのようなものです。そこには19世紀末からのアフリカの歴史が写真で綴られています。1849年12月3日、ケニア山をドイツ人宣教師が見た所から物語がはじまり、モンバサ鉄道の工事や人食いライオンの話、原住民と植民地時代、尽きないと思われていた自然の恵みに変化が表れる瞬間と無秩序に奪い続けた人間の狼狽と終わりのはじまりを予感させる想像を絶する数の象の死体で結ばれる写真集です。

 自然界に入り込んだ人間たちは、ごく当たり前のように何十万頭の野生動物を「ゲームコントロール」して管理することが出来ると信じていました。すでに大陸は動植物の手を放れて人間のものとなり、極端に膨れあがる都市と比例して、動物たちは国立公園という柵の中で管理されることになったのです。題名の「ゲームの終わり」とは、ツァボ国立公園の中で起きた象の大量死から導かれた言葉でした。天候不順と密猟、善意の保護活動が複雑に重なり、何万年もかけて緻密に組み立てられてきた自然のプログラムが壊れてしまいました。その結果、いかに恐ろしいことが起こるかを見せてくれた、この世で最も顕著な例です。実に4万頭の象が、東京都よりも広い国立公園を食べ尽くし、破壊し、自分たちが生み出した荒野で飢えて死んでいったのです。

 希望に満ちた開拓時代は終わり、傲慢な人間の価値観と際限のない欲望に警鐘が鳴り響いております。ビアードは、死んでいった象の姿に人間を重ね、人類の未来を危惧しています。少年の抱いた希望は今や未来への不安に変わり、多くの人々に価値観の転換を促す使命へと変わってゆきました。

 未来を担う子供たちは、猛獣や災害よりも、人間こそ最も「脅威」であると教えられます。今や生命を脅かすのは人間であり、災害を招くのも人間だからです。
 地球の表面の3分の2を占める海は、最も不明な点が多く、最も危険な状態にあります。サンゴ礁は海に住む生物を支えていますが、60%が人間活動によって危機にあり、25%は既に回復できない状態に破壊されています。さらに、厚さ20センチの表土は、人類を飢餓から救う貴重な資源ですが、土壌の流出や塩害などで失われ、第二次世界大戦後、全世界の農業生産は13%減っています。地球の肺と言われる森林も8千年前の半分が消失されました。そして、毎年日本の本州の3分の2に相当する森林が失われています。また、化石燃料の消費による大気汚染、外来種の侵入、温暖化や新型ウイルスの流行等、現前の課題が山積しています。

 東京大学の松井教授は、著作の中でエネルギー代謝からみた場合、一人の人間が一頭の象に匹敵することから「21世紀は100億頭のゾウが地上で生活する」ようなものだと指摘しています。そして、根本的に視点を変え、智の体系を改めない限り、問題の本質は見えてこないと述べています。政治家や企業が小出しに出す環境対策やよく語られる「地球にやさしい」などという思想が、実は環境問題を分かりにくくする元凶であるとも再三指摘をしています。

 人間本位の視点、独善の考え方、誤った宗教観が問題の底に根ざしています。1925年、テネシー州で行われた進化論を巡る裁判で、生徒に進化論を教えた教師が聖書を冒涜したとして有罪判決を受け、以来40年後の1968年まで、この法律が改正されることはありませんでした。ブッシュ大統領が進化論を信じないのも頷けますが、これらの視点は未来の世界の在り方を見失うものです。

 100億のゾウが辿る道のりは、ビアードの写真の通りでしょうか。根本的に視点を変え、智の体系を改めるべき時が来ているとは考えられないでしょうか。真実の仏教では、宇宙から見た俯瞰的な視点、人間の位置と性質、動植物を含む十の世界の中で動物以下にもなり得る人間、餓鬼の心、菩薩の心、その生き方を教えられています。

 未来の世界に不安を感じますが、未来を担う子供たちに期待したいと思います。そのために私たちは、正しい信仰を伝え、受け継ぐことに努めて、あらゆる分野で世界を担う人、正しい視点を持つ人々、朝夕に心を鏡で整える人、心の闇を知り光を当てる人、菩薩の心を持つ人々を育くみたいと思います。

 ゲームは終わり、いま人類は、存在のあり方を問われています。


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