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  佛法西漸(せいぜん)の奇跡

2004/11



 坂本龍馬が海援隊時代に出版をした書物に「閑愁録」があります。これは、幕末という激動の時代に、龍馬たちの眼で宗教を論じたもの。そこには「佛法は國家を保護する大活法なる」「独り佛法は無辺の鳥獣草木に到るまで済度(さいど)すべし、何ぞ況(いわん)や有縁の衆生に於てをや」「故に、佛法は天竺(てんじく)の佛法とのみ言うべからず。乃(すなわ)ち皇国の佛法なり」「皇道の衰運に係る是れ実に誰が罪ぞや。是れ実に誰が罪ぞや。此に卑見(ひけん)を録して明識・高徳の指示を待つ。希くは天下満霊の為に、慈悲の法教を垂(た)れよ」「慶應三年、初秋、土佐出碕、海援隊文士筆記」と書かれています。同年の「船中八策」は有名ですが、「出碕」と明記されたこの文章も船中で龍馬たちが講じて作られたものです。私たちは、明治政府の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)や国家神道政策をイメージして幕末の志士たちを誤解しがちですが、彼らは真の佛法を求めていました。

 安政四年の御開講から十年後に出版されたこの文章を開導聖人は手にされました。痛烈に既成仏教の僧侶を批判し、真の佛法流布を求める海援隊に共感され、御指南として残されました。特に「人情、時世に適(かな)いたる甚深(じんじん)不可思議の法教を垂れよ」「天竺のみの佛法に非ず。皇国の佛法なり」との文が、日蓮聖人が立正安国論で述べられた論旨と符合する、と感心されています。「天下の乱れは、佛法の乱れより起こる」と。

 天竺(てんじく)とはインドのことですが、昔はパキスタンやアフガニスタン、バングラディシュも含まれた広大な国をそう呼んでいました。その天竺から東へ東へと佛法は伝わり、中国を経て、東の果ての国である日本へと辿り着きました。そして、醸造酒が蒸留酒に変わるように、佛法も発酵と精製を繰り返して、ようやく御仏の真意が開顕(かいけん)されて、「皇国の佛法」は「真実の佛教」として御仏の御本意をお祖師さま、高祖日蓮大菩薩が御題目をもって明らかにされたのでした。全てが一本の糸、一筋の線に乗って流れ出ているかのように思えます。

 坂本龍馬率いる海援隊が「天下満霊の為に慈悲の法教を垂れよ」と悲痛な叫びを上げた混迷の時代に開導聖人が出現されたことも、何より三災七難が相次ぐ末法濁世にお祖師さまが御出現遊ばされたことも、全て御仏の大慈悲の賜物ではないかと思えるのです。

お祖師さまは御妙判に、

「天竺をば月氏(がっし)という、我国をば日本と申す。一閻浮提(いちえんぶだい)八万の国の中に大なる国は天竺、小なる国は日本なり。名のめでたきは、印度第二、扶桑(ふそう)第一なり。佛法は月の国より始て日の国にとどまるべし月は西より出でて東に向ひ、日は東より西へ行事(ゆくこと)天然のことはり、磁石と鉄と雷と象華とのごとし。誰か此ことはりをやぶらん」

とお諭し下されています。文意は、「佛教は印度から日本へ伝わったのだが、その印度を月氏といい、我が国を日本という。全世界八萬の国々の中で、大国は印度、小国は日本である。しかし、その名の勝れているのは日本が第一、印度は第二。月が西に現れ次第に東に向かい、日が東に出て西に向かうのは、磁石が鉄を引きつけ、芭蕉が雷鳴を聞いて成長する如く自然の働きによるが、佛法もまた月の国から起こっては日の国に至り、さらに日の国から西方に向かうであろう」と。

 この一節は印度の佛法が東漸(とうぜん)し日本に至り、やがて日本の佛法が西漸(せいぜん)して世界を照らすだろう、とお祖師さまが御自ら法華経ご弘通の将来を祝福せられた御文であると教えていただきます。

 このようにして、お祖師さまは既に一本の線を引かれていました。世界が一つに結ばれ、世界が混乱を共にする情勢の中で、真の佛法が世界に弘通広宣(ぐづうこうせん)されるべきとの断固たる指針をお示しなのです。

 平成十六年十月、福岡日雙上人に随伴してスリランカ・インドのご奉公に参りました。今回だけはどうしても同行したいと、妙深寺の方々にも無理を御願いして渡航を許していただきました。

 それは、今回のご奉公が特別な意味を持っていると確信したからです。福岡御導師のご奉公のもとスリランカで繋がった一本の線が遠くインドにまで渡り、お釈迦様が法華経を説かれた霊鷲山(りょうじゅぜん)の麓(ふもと)で地元の方々を集めて御講が勤まるというご奉公だったからでした。二千五百年の時を経て、上行所伝の御題目のご信心が霊鷲山に帰る、歴史的なエポックであると確信し、随伴を御願いしました。

 インド出身のラジさんは乳ガンが消えるという御利益を通じて、教化親のミランダさんから出身地であるインドへ御題目のご信心を帰し、ご弘通(プロパゲイション)することがあなたの使命ではないかと言われ、その通りにご奉公の準備を進められました。私もスリランカでは二百名の村民が集まる御講で、体験談をお話しさせて頂き、立ち上がって聞こうとする人たちに心から感激しました

 霊鷲山。貧しい村々から人々がホールに御奉安された開導聖人の御真筆御本尊の前に集まりました。そして、福岡御導師が朗々と釈尊の本懐を説かれます。それを真剣に聞くヒンドゥー教の人々。眼の潰れた人もいれば、身体の不自由な人もいます。しかし、その瞳は真剣そのものでした。

 二千五百年をかけて蒸留され、上行菩薩により抽出された釈尊の御本意の教えが、霊鷲山に戻って説かれています。この感動は言葉に出来ません。法話が終わった後、全員で御題目をお唱えしました。地元の人が手を叩きながら唱える御題目の強いバイブレーションが、吹き抜けの天井からインドの空に広がっていきました。

 次の日、地元の人たちも同行し、霊鷲山の頂上へ。そこには釈尊が座られた法座があります。御本尊の前で「インド開教言上」を聞き、私は泣き出していました。

 霊鷲山には、日本の宗教団体がお寺を建てています。その僧侶が福岡御導師をホテルに訪ね、会談が持たれました。「この土地の人で入信された方はいますか」との問いに「私は三十年ここに住んでいますが、いません。此処の人はヒンドゥー教ですからね」という答え。それは裕福な国の自己満足。佛法は極めて貧しく混乱した土着の人々に伝えようとされていない。世に平和をもたらし、全ての人々の苦しみに光を当てる真実の佛教。一本の線をたどりつつ、私たちは大きな使命を背負っています。

 これはゴールではなくスタート。資金や広告ではなく、草の根から「佛法西漸」が始まりました。



●DVD「佛法西漸の奇跡」の配布をしております
 スマトラ沖地震、津波の支援活動にご協力をいただき、誠にありがとうございます。
 義援金をお預かりした方々へは記念品として、HBS-Networkで作成した、平成16年10月に福岡御導師がご奉公されたインド本門佛立宗開教式の模様を撮影・編集したDVD「佛法西漸の奇跡」をお配りしております。
 今後、益々のご協力のほど、よろしくお願いいたします。

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