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  グランド・ゼロ

2005/5



 2001年9月11日。妙深寺で行われた住職就任式の、わずか一ヶ月前。米国中枢機関を狙った同時多発テロ事件が発生しました。新しい体裁へとリニューアルして最初の号となった10月の妙深寺報の巻頭言に「住職就任式を控えて」と題して、私は自分なりの思いや願いを書かせていただきました。

 連日ニュースで取り上げられていたワールドトレードセンター、ツインタワーに飛行機が衝突する映像。あの巨大なビルが倒壊し、逃げ惑い、泣き崩れる人々の映像。さらにアフガニスタンで始まった21世紀最初の戦争。その空爆で家や家族を失った人の姿。あの衝撃的な出来事の直後に、新しい一歩を踏み出す本門佛立宗の僧侶として、強烈に心に期するところがありました。今こそ、仏教的な価値観を再認識すべきだ、今こそ真実の仏教の素晴らしさを世界中に伝える努力をしなければ、と。

 極東と呼ばれる日本の、それ程大きくもない宗派の、また横浜の小さな寺の、新米の住職。しかも若僧が、何を言ってやがると思う人がいて当然です。実際に、本当にその通りです。しかし、私からしますと、これら一つ一つには 大きな意味があると信じています。

 大乗仏教を継承し、仏教伝導の終着点といわれる日本に生まれたことは大変な意味があり、日本人として生きていることに、誇りと自覚、使命を感じます。ニッポンジンだからこそ出来る、ニッポンジンにしか出来ないことがあると信じています。これは選民思想で言っているのではなく、歴史的な出来事を考えてそう思うのです。

 さらに、私は本門佛立宗の存在価値に、身の震えるような誇りを抱いています。確かに、政治活動もせず、広報宣伝も不得手ですが、だからこそ、上辺だけを飾り中身の薄い、中身をコロコロと変える宗教や、選挙の前に政治団体化 する宗教や、出版物は多くても 教えに一貫性の無い宗教とは、 根本的に、本質的に異なるのです。

 改良すべき点も多々ありますが醜い中傷に明け暮れる宗派でも、葬式で生計を立てるお寺でもない。 確かに、宗教団体としての規模は小さいかもしれません。しかし、 法華経本門の、御題目のご信心を世界に向けて堂々と発信できる、地味ですが硬派でニュートラル、ユニーク。本門佛立宗こそ、教義的にも歴史的にも、真実の仏教、本物の宗教と確信を持っています。

 その本門佛立宗の中の、開国の気風を残す港町、横浜のお寺の、しかも、怖いものなしの新米住職。若気の至りで社会に出た経験から、恥ずかしながら外国人の妻ということも、全てを限りなく前向きに捉えて、非力な自分に与えられた役割や出来ることを、あのテロの後に感じていたのでした。

 4月16日から27日まで、ロス・アンジェルスのラジオ局で番組を収録するために米国に渡航しました。本当に不思議な御縁で、いまや素晴らしいご信者になった友人の小泉氏と共に、ロス・アンジェルスからニューヨークまで、約6800キロを車で走破して ラジオ番組を作ることになったのでした。超大国アメリカの現在を車の窓から眺め、歴史的な場所を訪れながら、「仏教徒が見たアメリカ」を紹介していくという番組。番組タイトルは「ブッディスト・トランス・アメリカ」と題され、「仏教徒が横断するアメリカ」となりました。24時間、日本語放送局としては全米最大のTJSという会社の役員をしているのが小泉氏で、彼が年末に見た夢からこの番組企画が持ち上がりました。

 仕事をしていた頃、小泉氏と私は同じ職場で大きなプロジェクトを進めていました。彼は私よりも6才年上。夜を徹して仕事をしているうちに、本物の兄弟のように親しくなりました。そして、仕事の合間を見つけては、会社のホワイトボードを使って、仏様の教えを図解して話し合ったりしていたのです。「コレ、仏教的にはどうなの?」などと、彼や同僚たちは普通に会話していたのでした。

 そんな小泉氏が年末に見た夢は、私とアメリカを旅しながら「仏教的にどう?」と言葉を交わす夢でした。とにかく、ロスからニューヨークまで車を走らせて、現代 アメリカを仏教的に見直してみようではないか、という構想でした。私はこの企画を心から嬉しく思い、住職就任直前に起きたテロ事件、そして今まで考えてきた自分なりの使命や勉強してきたことなどを振り返り、早速ご奉公させていただこうと決意しました。すべてが不思議な縁から生まれたご奉公。

 小泉氏と私、現地ディレクターのケンジ君と伏見妙福寺の現薫師、妙深寺の兼子隆二君と5人での旅となりました。ロスからグランドキャニオンへ。大自然を目の前に、仏教的な宇宙観や進化論について話をし、アメリカ先住民ナバホ族が住むモニュメント・バレーでは、彼らの思想や宗教、悲しい歴史を振り返りました。

 不思議なことに、行く予定ではなかったオハイオ州で宿を探していた時、あのオクラホマシティー連邦政府ビル爆破事件から明日がちょうど十年目であることを知りました。このテロは、一六八名の方が亡くなり、9・11同時多発テロの源流とも言われています。私たちは本当に驚きました。

 一日ずれれば通り過ぎるだけ、一つ道を外れれば通らない街です。私は改良服と御袈裟を身につけて、テロがあった時間に催された式典に参列しました。モニュメントを見るだけではなく、参列した家族の姿からテロの酷さを痛感します。しかし、この場所でも、素晴らしい出逢いがありました。

 ニューヨーク。住職就任式直前に起きた惨禍の現場。私は改良服に着替え、地下鉄を利用してグランド・ゼロに向かいました。空が見えないニューヨークの街並みに、ポッカリと空いた空間。その場所に近づくだけで、余りにも重たい空気に足が止まりました。ここで三千名近くの命が奪われ、家族も生活の変更を余儀なくされました。さらに、このテロを発端に、アフガン、イラクで戦争が開始され、また多くの人が命を落とし、家族が深く傷ついたのです。その場所なのでした。

 私は、この場所に立ち、本門の御本尊を奉安し、礼を以て回向の一座を奉修させていただきました。本門の御題目で回向し、世界平和を真に願うことの意義を噛み締めました。本当に力も無い、能力もない、小さな存在ですが、可能な限り御本意に叶うご奉公をさせていただこうと誓ったのでした。



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