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  なぜ、人のために

2005/5



 知識や経験に左右されることも、難しい仏教書を読む必要もなく、「妙講一座」に真実の仏教は凝縮されています。開導聖人が御自らご制定された「本門佛立妙講一座」をそのまま勤めさせていただけば、誰でも正しく修行が始められます。未来永劫、本門佛立宗に所属するあらゆるご信者方が、お祖師さまの御本意、御題目口唱の信心修行から外れることのないようにと、開導聖人がご苦心の末に定められました。決して離せぬものです。

 明治十一年に出版された原典を訪ねてみると、いま私たちが手にしている妙講一座には記されていない開導聖人ご真筆のお書き入れが残されています。信行の根幹を為す妙講一座の最後尾にお示しのお言葉は次のとおりです。

「三の大要
 御かんきん  一切成就
 聴聞(ちょうもん) 信心増進
 化他(けた) 如来使」

 佛立信者に決して欠かせない、三つの要点。この三つを一段ずつ上り進め、偏らずにバランスよくさせていただいて真のご信者です。妙講一座の最後に示された三つの要点こそ、ご信心の在り方を計るポイントとも言えます。そして、この三行は妙深寺の菩薩の誓いの裏書きの三行でもあります。

 ところが、よく考えてみると、この三つの要点を、バランスよく保つ、順序よく上っていくことは簡単ではありません。一つ一つが本当に大きなハードルと言えます。

 御講師の御法門や教化親の教えに随喜して、「なるほど、有難い。私もご信心させていただきたい」とご信心が起こる。ここまでだけでも大変尊いことです。佛立宗の教えは、シンプルで分かりやすく、目からポロッとウロコが落ちる、そんな感動があります。そして、一行目の「御かんきん」が出来るようになる。

 その方が「あの御法門に本当に感動した」「ご信心できて嬉しい」と、その気持ちを確かに抱きつつ、御講願主となり、御講席に参詣し、お寺へとお参詣させていただけば、さらに尊い、第二行目の「聴聞」に上られていることになります。

 ところが、実際にはこの辺から雲行きが妖しくなってしまいます。教えがよく分からないままでは、信仰といえども、自分のペースで、行きたい時に行き、行きたくない時には行かない、したい時にして、したくない時にはしない、というスタイルが染みついていますから、「ご信心を整え、進める」という「御法門聴聞」がどれだけ大切か、御利益に近づくかを実感するには、また一段とハードルが高くなってしまうようです。多くのご信者が、佛立信心の尊さは分かっている、お看経はさせていただいていると言いながら、御法門聴聞に進まず、止まってしまっているのです。それでは、「本物のご信者」とはなりません。そして最後です。

 三行目の「化他」という修行を自分にとって欠かせないものだと実感している人がどれだけいるでしょうか。「化他」とは自分以外の人を思いやり、慈しみ、御仏の御魂である御題目を以て助けよう、救おうと生きる、心掛ける、実践する修行のことです。多くの人が、お看経は出来るが参詣は出来ない、お看経とお参詣は出来るが化他の修行は出来ない、人を助けるなど自分には出来ないと考えてしまうようです。それでは勿体ない。

 あくまでも、この三つの要点は、バランス良く、一つ一つの項目の大切さを知って、実践すること。この三つは単なるマニュアルではないのです。仏教の真髄が、この三つを、バランス良く自分の中に、自分の生活に、生き方や考え方に取り込むことで開花するのです。真実の仏教の修行の要点です。

 開導聖人は御教歌に、
 おのが身を いのらんとせば 人をまた
  助けんとする 信者なりけり

とお示しです。自分や自分の家族のことを祈ろうとすればするほど、他の人を思いやり、助けようと努めるのが、本門佛立宗の信者である、という御意です。

 なぜか。それこそ、他の人への菩薩行こそ、我が身に背負う罪障、拭いきれない悪しき因縁、カルマをも転ずる、大いなる功徳を生む源泉、大功徳行だからです。

 御利益をいただきたいとすればするほど、人を助けよう、誰かのために何かさせていただこう、と思い励む人が本当のご信者です。ここまでみんなで上っていくことが、佛立宗のお寺、菩薩行の仲間、菩薩の誓いということです。

 開導聖人は御指南に、
「妙法蓮華経の極意は、人を助けんと行ずれば我身を助かると云ふ菩薩行也」

とお示しです。三行の最後にある 「化他行」。「極意」とは、「その道を究めた人だけに分かる、奥深い境地」とありますから、一歩一歩ご信心が進むと、人を助けようとすることで、自分が助かるという菩薩行の妙味、真髄を感得するのでしょう。きっと、その境地は、気持ちよく、清々しく、心豊かに満たされた境地です。「あの人は何であんなにご奉公しているの?「この忙しいのに、何で人のことなんて構っているのかしら?」と、周りから見ていて分からないのは、それが本当に意義深く、御利益をいただき、彼も助かり我も助かる、という経験が足りないからです。

 また別の御指南には、
「人を助けんと思ふ口唱が返って我が身の為となる也」

ともお示しになられております。妙講一座にある裏書きの第一行目。佛立信行で最も大切な御題目口唱、お看経も「自分に御利益を下さい」と行ずるより、「あの人を助けてあげて下さい」とご宝前に化他の心で、菩薩の心で向き合い、祈願することが最も尊く、結果としてその行いが全て我が身の為になる、とお示しくだされているのです。

 是非、三つの信行のポイントを考えて、いまの自分がどの段階にいるか考えてみましょう。自分の御祈願がある、御利益をいただきたいという人は、なおさら三つのチェックポイントに照らしてみてください。何かが欠けているかもしれません。それは、人を助けようとする思いかもしれません。

 どこまでいっても、自分のための信心、自分のための修行ですが、人のために、人を助け、心掛けて生きることが、即ち自分のためになる、自分の人生が本当に豊かになる、御利益をいただくもとなのだという、佛立信行の基本を知り、「本物のご信者」を目指して、かの三行の項目を、バランス良く、一段、また一段と御利益感得して進めていただきたいのです。



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