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御 法 門 - Gohoumon


(御教歌)となへよや 上行所伝の 題目に  秘事も口伝も 入った物かは

 この御教歌は、御題目口唱の中に、何をするよりも大切な功徳がある。その御題目口唱の功徳が彼方に届いて、現証が顕れる。御題目をお唱えしなさい。そこに全てが含まれますよ。そのことを知って、そして、唱えなさい。そうお教えいただく御教歌であります…

2009/3/20 春季総回向 御住職

(御教歌)親からの 宗旨をすてゝ 孝行の とむらひとなる 妙な法哉

 本当の、正しい先祖回向をするにはどうしたらいいか。それは真実の仏教、上行所伝の御題目、妙法の御経力、仏教の至宝「南無妙法蓮華経」の御題目による真のご回向でなければならない。枝葉末節に分かれた諸宗、あるいは間違った新興宗教等から脱却する覚悟が必要である。それこそ仏教の原点、仏道修行の根幹、正しい回向、信行の姿であると教えていただく御教歌です…

2008/3 春期総回向 御住職

(御教歌)さきぬべき 花はいづれに おくれても さくべきものと おもひしらるゝ

 さて、今日のお話は「人間」というテーマです。どこでも「人間」という花が咲きますように、お祈りを捧げるのが私たち本門佛立宗です。そして咲いたら散らせてはならないんです。私たちが回りにいる人々の見本にならなければならないのです。このような菩薩の誓いを立てさせていただいているのが私たちです…

2007/4 高祖総講 コレイア教伯師

(御教歌)教化せし 功徳はわれに 帰るとよ かれもよろこび われもよろこぶ

「お教化すると功徳は自分に返ってきます、人もよろこぶし、自分もよろこびます」と。単純に拝見したらそういう御教歌です、誰でも分かりますね。でもね、この御教歌をチョット裏返して、もう少し深く拝見してみていただきたい。「お教化」を「したら」、「彼」も「よろこび」「我」も「よろこぶ」ですね。では、「お教化」を「しなかったら」?「彼」は?よろこぶんでしょうか?そう、「よろこばない」、ですね。では、自分は?そう自分もよろこばない。よろこべない。はっきり申しますと、「お教化をしなかったら、人もよろこばないのは当たり前だし、自分のよろこびも薄れてゆく」という。分かりますでしょうか?佛立信心ならではの御教歌、佛立信心の極談です…

2007/4 教区お講 御住職

(御教歌)ありがたや 本時の娑婆の 如説行 あしたゆふべに 浄土参拝

 これはご信者さんのよろこびをお詠みいただいた御教歌です。同時に「喜んで信心してますか」「喜べる信心のあり方ですか」。もっと言えば「どの辺に視線を向けて有難いと喜んでるんですか」と。このことを教えてくださる御教歌でございます。ご信心をさせていただいていると、しみじみと「あー、ありがたいなぁー、つくづくありがたいなぁ」と喜びが湧いてきます。日々の生活の中で、しみじみと「ありがたいなぁー」「あぁ、ありがとうございます!」「あぁそうか、ありがたい ありがとうございます」。この気持ちが、心の底から喜びが湧いてくる、これが仏教、私たちのご信心です…

2007/4/1 月始総講 御住職

(御教歌)めに見えぬ 物の見ゆるは 妙法を 唱ふる人の 利益也けり

 目に見えないものを大切にする人が、目に見えないものからお力を頂く、御利益を頂く。ご信心を持つ人、妙法の御題目をお唱えする人は、目に見えないものが見えてくる、大切にする、その大切さが分かるようになる。それこそ御利益です、と教えていただく御教歌です。
 今日お参りの皆さまは、いま目に見えない亡き方を想って、その大切さを胸に抱いて、分かって、ここにお参りをされている。その大切さが分かる人は、目に見えないものを大切にするから、目に見えないものからお力を頂く、これがご回向なんです。ですから本当に今日お参りの方々は大変に尊い方々です…

2007/3/21 春期総回向 御住職

(御教歌)上行は 如来の使ひ 末法へ 妙法五字を ひろめ給へり

 お祖師さまがおられて、御題目を授けてくださった、私たちはその御題目を頂戴しています。その有り難さを思い返しなさい、忘れていてはならない、とお戒めくださっています。
 実は先月の教区お講でもお話させていただきましたが、インドに行きましてダライ・ラマさんとお会いして、今、私たちがお唱えした上行所伝の御題目を一緒に唱えたというご奉公について御法門させていただきたいと思います…

2006/11/18 妙深寺高祖会第一座 御住職

(御教歌)わするなよ まかぬたねなら はえもせず  まいたたねなら はえるものぞと

 この御教歌は、佛立宗のみ教えのその根本には、因果という原因と結果の法則があります。世間ではよく「まかぬ種は生えぬ」といいますが、種を蒔かなければはえることもない。世間にはたくさん不幸な事件があります。そういう苦しみの中に喘いでいる人に、本当に罪障消滅ができて、業を乗り越えることができる御題目の種蒔きをさせていただくことが大切でありますとお示しの御教歌です…
森田麻子さん・優那ちゃんの体験談もこちらです。

2003/11/9 妙深寺高祖会第二座 竹村堅裕師

(御教歌)末法の 外未来まで 題目を 弘め貫く 宗旨也けり

 上行所伝の御題目が人を救う、そのことがどれだけ分かっているか。分かっているようで、忘れているのではないか。御題目はお釈迦さまの御魂。私も御題目で助かる、助かった、有難い。きっとあなたの力にもなれる、と。御題目の尊さを感得すればするほど、一人でも多くの人に御題目を唱えさせたい、伝えたい、弘めたい。佛立宗のご信者に名を連ねているのであれば、せめてこの佛立信心の柱、宗旨を心に置く。御題目です。御題目を伝える。自分の生活の中で、それを実践する。この事をご信者は知りなさい。実践しなさい。このように感得させていただく御教歌でございます…

2005/12 長松寺御修行 御住職

(御教歌)さとらずも さとれる人と 也にけり 信心ばかり 貴きはなし

 「悟る」って何ですかって聞かれるんですが、自分が悟ってないのにね、「悟りってこんなもんや」って言いにくいですよね(笑)。だけど私たちは悟るために信心させてもらってるんです。私たちのような凡夫がどうしたら悟れるかということをこの御教歌はお示しになっているんですね…

(2005/11/5 妙深寺高祖会第一座にて 福岡日雙上人)

(御教歌)堪がたき 迷ひの欲の おこれるを 殺すは信の ちから也けり

 信がなければ、信じる心がなければ、私たちは負けてしまう。信じる力、信心の力を知り、信心のある生き方をしなさいとお教えいただく御教歌です…

2005/11/6 妙深寺高祖会第二座 御住職

(御教歌)心より 我身にひゞき わが身より 家国あめが したにひゞけり

 心の持ちようが体に影響し、家庭、周りの社会、「あめがした」とは天下ということ。世の中全てに影響を与えるとお示しです。何か発信しようという思いからいろんな物事が展開していく。悪い心は悪い結果をもたらし、良い心は良い結果をもたらす。それがこの御教歌のお意です…

2005/11/5 妙深寺高祖会第三座 福岡日雙上人

(御教歌)娑婆に入り 娑婆の衆生を 寂光へ 帰すは仏の 使ひ也けり

 ご信心をさせていただく私たち。特に、菩薩行を目指している私たち。私自身、御利益を頂き、寂光に行ける、帰れるような生き方、ご信心をさせていただかなければならない。同時に、私の家族、私の友人、私の周りにいる人と共に、一緒に、御利益をいただき、寂光に行ける、帰れる、という、そういう考え方、生き方、信行ご奉公ができなければなりません…

(2005/2 妙深寺教区お講にて 長松清潤師)

(御教歌)国のため わが家のため 身のためと なるもみのりの 声のひびきに

御題目をお唱えする声は、宇宙へ向けて放たれるバイブレーションです。そのバイブレーションは延々と広がり、私自身、私の家族、私たちの住む国や世界を幸せへと導いてくださる、と御題目口唱の大事をお教え下された御教歌でございます…

(2004/10/23 妙深寺高祖会第一座にて 長松清潤師)

(御教歌)朝夕の つとめは家の いのりなり いそがしくても これはやめるな

朝と夕方の御宝前へのお給仕、お看経は何より第一であることをお示しの御教歌で、そのことがおろそかになるのは極めてもったいないこと。家族が幸せに、健康に、心豊かに生活するために、何より朝に夕に御題目口唱させていただくことの大事を感得させていただく御教歌でございます…

 2004/7/17 妙深寺開導会第一座にて 長松清潤師


「縁」について

人間というのは人と人との間と書きますわな。この人と人の間をつなぐものが「縁」というものです。皆さん一人一人が誰とどんなふうに縁を結ぶか、これは皆さんが「何を発信するか」によって決まるんです…

 2004/3/6 妙深寺門祖会第一座 福岡日雙上人


(御教歌)法花経の 流通の中に ほめたるは 一念信解の 功徳也けり

「一念信解の功徳」と言うのは、自分がこのご信心にお出会いさせていただいたこと、御題目を唱えていること、その御題目を弘めさせていただいて、またその方がご利益を頂いていく姿を見て喜ぶ、「あ〜ありがたいなぁ、結構やな」という気持ち、この「ウブ」な気持ち、これが御宝前と感応するんです…

2004/3/7 妙深寺門祖会第三座 福岡日雙上人


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